ミニマリストなYoutuber

きょうたの個人ブログ

スポンサーリンク







思うこと

とても快適に生きれる日本なのにメディアのせいで生きにくいと感じている日本人

更新日:

こんにちは!きょうたです。

「老後に2000万円必要なので年金を宛てにせずに自分の力で生きてねお疲れ\(^o^)/」

ってのが先週くらいに問題になっていましたが、

 

実はあの記事の内容を詳しく読まずに「老後に2000万円もいるのか⁈人生詰んだわ。。。」

ってなっている人が多いみたいなのですが実はそこまで心配する必要はありません。

理由は以下の記事にわかりやすく解説が書いてあるので興味ある人は読んでみてください。

 

 

話がそれましたが上の話は実は今の日本メディアに洗脳されている若者に通ずるものがあります。

 

日本は生きにくい国なのか?

 

よく「日本はこれから長い不景気が続いて生きにくい世の中がやってくる」

みたいに言っているメディアをよく見るのですが本当にそうでしょうか?

僕は南米のベネズエラという、

 

紙幣価値が紙切れ同然のハイパーインフレになっている国に行ったことがあるのですが、

一か月の給料がチーズ一つ分しかない国だったわけですが、

そのような国と比べたら日本は充分幸せなはずです。

 

しかし日本では不幸だと感じて生きている人が多くいます。

なぜでしょうか?

 

日本人は未だにバブル時代を平均と考えている

 

僕は平成生まれのゆとり世代ですが祖父と話をしていると、

自分の祖父ですら「あ~老害だなぁ~」と感じています。

なぜかというとバブル時代の頃から考えが変わっていないからです。

 

今の老人達が考えている幸せの定義とは以下のことが前提としてあるわけです。

 

老人が考える幸せの定義

  • 結婚している
  • 子供を生んでいる
  • 持ち家がある
  • 正社員である
  • 自家用車がある
  • ゴルフなど趣味にお金を使える
  • ブランド物など価値のある物を身につけている

 

このような幸せの定義が当たり前として考えている人達が、

人生のライフプランを考えるから「老後に2000万円が足りない」という記事が出来上がるわけです。

テレビを見るとサザエさんのような夫が正社員で妻は専業主婦で、

 

夕飯は家族一緒に食べて休みの日はおやつが必ず出る。

このような家庭がこの日本に今どれだけあるでしょうか?

もちろんバブルのしあ時代にはそれがある程度一般的だったかもしれません。

 

しかしそれはあくまで「バブルだったから」であり、

国民全員が死ぬまでサザエさんのような生活を送るのはそもも不可能なのです。

 

幸せの定義に合わせないと不幸なのか?

 

では上に書いた幸せの定義から外れている人は不幸なのでしょうか?

僕自身で言うと結婚したくないのでしていませんし、

子供も弟の子供を見れたので自分の子供は欲しいとは思いません。

 

家も家賃2万円のマンションで車も持っていませんし、

持ち家のほうが将来損することが明白なので家を欲しいとは思いません。

その代わりに遠くに行く時には躊躇なくUberタクシーを使います。

 

なぜなら自家用車を持つよりもタクシーを使うほうが安いからです。

 

タクシーのほうが高いと感じるなら以下の記事を読んでみて下さい。

 

 

仕事はフリーランスで正社員のように高給とは言えませんが、

拘束されることなく自由に働くことができているのでストレスはありません。

服や持ち物もスーツケース一つに収まるように生きているので困ることはなく、

 

趣味は本を読んだり映画を見るだけなのでそこまでお金を使うこともありません。

僕は正直今の自由に好きなことができている現状がとても幸せなんですね。

 

周りを気にして幸せの定義を基準にするから不幸に感じる

 

僕の周りの人やテレビの若い人を見ていると

「将来に不安を感じる」と言っている人が多くいます。

 

なぜそこまで将来に不安を感じるのかというと

上に書いた「平均の幸せの定義を基準として」

生きようとするから不安になり生きるのが苦しいわけです。

 

統計学の観点から「お金持ちの子供のほうがお金持ちになる確率が高い」

というデータが既に出ています。

もちろん起業したり芸能人になって成功したり人生逆転できる人もいますが、

 

全体のほんの数パーセントの人だけです。

ほとんどの場合、親がそれなりなら自分もそれなりにしかなりません。

親が貧乏なら子供も貧乏になります。

 

全員が全員サザエさんのような生活はできないわけで、

願って金持ちになれたら誰も苦労もしないし、資本主義でもないわけです。

だから本来なら現状自分に与えられた環境から、

 

何が一番幸せなのかを考えればいいだけなのに、

日本人はあまりにも周りを意識して生きすぎています。

 

なぜ周りが気になってしまうのか?

 

ではなぜ周りが気になってしまうのでしょうか?

それは「メディアがあるから」です。

テレビやSNSで作られた幸せを見てしまい、

 

それと自分を比べることで人間は不幸を感じます。

テレビで豪邸に住んでいる芸能人やフェラーリに乗るお金持ちを見て、

「あ~自分の家はなんて小さいんだ、車も普通車だし、、、」

 

と勝手に不幸になります。

しかし不幸に感じるのは完全にメディアの洗脳です。

「メディアを通して知ったから」不幸に感じるわけであって、

 

知らなければ不幸に感じることすらありません。

アフリカの教育も受けていない子供がいきなり「フェラーリに乗れない自分は不幸だ」

なんて思い悩むことはないわけです。

 

僕が毎日幸せなのはテレビを家に置かないようにしていることや、

SNSで他人の投稿を全て非表示になるようにしており、

徹底して他人のいらない情報を遮断しているからです。

 

何度も言いますが人間は知らなければ不幸に感じることはまずありません。

 

改めて考える日本は不幸なの?

 

では上に書いたことを踏まえて本当に日本は不幸なのでしょうか?

 

最低限着る服が欲しければGUや100均で服を買うことができ、

自炊が嫌なら松屋のように安い外食のお店もあります。

 

さらに外食も日本食以外にも多種多様な食べ物があり、

医療も保険料を払えば歯医者を始めとして健康を安く買うことができます。

 

さらに僕のように田舎の市内の近くに住めばどこえでも自転車で行くことができて、

浮いたお金で雨の日などは気兼ねなくタクシーを使うことも可能です。

格安SIMを上手く使えばスマホ代を0円にすることもできます。

 

もう一度言いますが本当に日本は不幸なのでしょうか?

ベネズエラのように給料がチーズ一つ分で、

コーラ一つ買うにも100枚近いお札が必要だったり、

 

食べ物は毎日アレパというトウモロコシを練った味気ないパンにハムとチーズを入れただけの物。

服も何年も同じ物を着てお金持ち意外は基本的に手洗い。

車は日本で乗れなくなった走行距離のメーターがマックスの60年代の三菱車。

 

もう一度聞きます、日本は本当に不幸でしょうか?

メディカルが報じる「幸せの基準」に達していないだけで不幸なのでしょうか?

僕はハッキリとそれらは間違っていると言いきれます。

 

最後に

 

そもそも幸せに決まった定義なんてありません。

国民全員がYoutuberで成功したら国が成り立ちません。

資本主義の構造上「全員が幸せの基準」を満たして生きるのは不可能なんです。

 

だからこそテレビやメディアは本当に見るだけで無駄です。

テレビのバラエティーを見て何か得られる者があるでしょうか?

そんな時間があるなら本でも読んでいるほうが1000倍マシです。

 

こんなにスマホ一つで便利で庶民まで安全な国なんて世界中どこを探しても日本しかないでしょう。

もちろんお金を出せば便利な国はたくさんあります。

いま一度メディアに洗脳されないで自分の頭で幸せの定義を考えるべきではないでしょうか?

 

スポンサーリンク







  • この記事を書いた人
  • 最新記事
アバター

きょうた/ミニマリスト/ブロガー/Youtuber

広島の4畳半の何もない部屋に住むミニマリスト。ブログ、Youtube活動をしています。ブログでは主にミニマルで便利なガジェット類や生活用品を紹介しています。

   

-思うこと

Copyright© きょうたの個人ブログ , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.