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3S政策

投稿日:

こんにちは!きょうたです。

先日物質主義に関する動画をアップしましたが、

その中で僕らはメディアによる影響を強く受けているという話をしました。

 

今回のテーマは強調「3S政策」についてのお話です。

 

みなさんはGHQという言葉を聞いたことがあるでしょうか?

GHQは社会の授業で一度は耳にする言葉ですよね。

 

念のためおさらいしておくとGHQは第二次世界大戦終結後に日本でポツダム宣言を行うために設置された連合国軍時機関です。

そのGHQの中に3S政策というものがあります。

恐らく授業ではGHQという言葉は覚えるものの3S政策についてあまり詳しくは行わないのではないでしょうか?

 

僕が授業を聞いていなかっただけかもしれませんが。

そんな3S政策が今回の話のテーマです。

哲学者、思想家である安岡 正篤(やすおか まさひろ)はこのような言葉を残しています。

 

日本を全く骨抜きにするこの3R・5D・3S政策を、日本人はむしろ喜んで、これに応じ、これに迎合した、あるいは、これに乗じて野心家が輩出してきた。

 

3R・5Dについては別の動画でお話するので今回は3S政策にのみ話を絞って話をします。

ちなみに3Sは3R・5Dの補助政策だと言われています。

 

では本題に入りますが3Sとは何の略なのか?

3Sとはスクリーン(Screen、映画)、セックス(Sex、性行為)、スポーツ(Sport、運動競技)の略です。

 

僕らは生きていく上で本来最も重要なことは生活の基盤を作り出す政治、社会問題です。

しかしある一定層の支配層からして見ると民衆から政治に関心が向けられるのは好ましくないわけです。

そこで戦後GHQは日本に対して政治など重要なことから国民の目を背ける政策を行いました、

 

それが3S政策です。

 

まず一つ目のSはスクリーンです。

スクリーンには二つの目的があります。

 

一つ目はガス抜きをすることです。

人間は生きていれば必ず何かしらのストレスが溜まるようになっています。

 

その溜まったストレスは政治に向くことが多いです。

大昔では国民の溜まりにたまったストレスが原因となり革命が度々起きています。

しかし多くの富を持っている一部の層からしたら度々革命を起こされては困ります。

 

革命は起きなくても政治的に方向性を変えられるのも困るわけです。

なので生きていれば溜まったストレスを映画やドラマといった娯楽でガス抜きさせることで、

大規模な革命や反乱が起きないようにしているというわけです。

 

まず映画やドラマでは正義と悪が設定されていることが多いです。

そして正義のヒーローが悪を倒す姿はスカッとさせられます。

映画を見た後にはまるで自分が世界を救ったような高揚感に包まれていることでしょう。

 

さらに映画やドラマに登場する人物になりたいと夢見て同じような髪型をしたり、

主人公の持ち物が欲しくなったり、同じようなファッションをしたり、登場する車やバイクが欲しくなったりと、

映画やドラマは人間の物欲と関連付けて意識を逸らすこともできます。

 

Twitterのトレンドを注意して見てみてください。

みなさんの関心事はいつも芸能人、つまりスクリーンの中の人がどうなったかです。

誰々が交際しているらし、結婚したらしい、不倫したらしい。

 

誰々主演の映画、ドラマが始まります等々、

日本国民の関心は常にスクリーン関連になっています。

 

二つ目は映画というプログラミング機能を使って慣れさせることです。

映画で繰り返し人が爆撃、銃撃されたり殺されたりするシーンを見せます。

すると人間の脳は何度も同じような映像を目の当たりにすると、

 

実際にそのようなことが起きたとしても無感覚になります。

無感覚とは関心がないということです。

実際は「そんなことはない」という人が大半だと思いますがどうでしょうか?

 

例えば映画でよくあるシーンで主人公が悪の親玉がいるアジトに乗り込むシーンがあります。

悪の親玉にたどり着くまでにはたくさんの護衛がいます。

 

殺人までいかなくても暴力というのは許される行為ではあありません。

しかし主人公は悪の親玉の所に到達するまでにそれはそれは多い護衛兵をなぎ倒します。

殴るだけの映画もあればきちんと一人一人を銃撃する映画もあるでしょう。

 

僕らの頭の中では「悪いことをしている人がいいことをしている主人公の邪魔をしているのだから倒されて当たり前」

と思って映画を見ていますし、護衛兵が倒されるシーンは一瞬なので気にとめることもありません。

これも一瞬の慣れです。

 

人が簡単に倒されたりするシーンを何度も見るとわざわざ倒された人に対して可哀想という感情は浮かびません。

 

しかしもし仮にですが映画がストップして一旦主人公は置いておいて、カメラがなぎ倒された護衛兵に向けられたらどうでしょうか?

護衛兵には恋人がいるかもしれないし家族がいるかもしれない。

もしかしたら悪いことだとわからずに護衛を仕事をして雇われてしていただけかもしれない。

 

なのに突然現れた主人公に交渉の余地もなく問答無用で倒されるわけです。

まぁ普通映画を見ていたらそんなことは考えませんが実際はそういうことになります。

 

二つ目のSはセックスです。二つ目のSにも目的が二つ目あります。

 

一つは男性に対してです。

 

若い活力のある男性を弱らせるつまり飼いならす一番簡単な方法は

性的コンテンツに目を向けさせることです。

 

GHQが置かれた後、日本では性風俗が開放されました。

男性の源である精力を簡単に削ぐ方法は異性で誘惑することです。

 

日本人自体はシャイで真面目というイメージがありますが、

実際は世界的に見てもここまで公然的に風俗が街に堂々とある国も珍しいです。

さらに性的対象として異性を見ている点だけでいうと何も風俗だけではありません。

 

先ほどのスクリーンと関連付けることもできますがあまりにも若い、

言ってしまえば10代前半の幼いアイドルなどを応援している姿も異様です。

 

二つ目は女性に対してです。

これも先ほどのスクリーンと関連付けられますがドラマや映画に見るドラマチックで壮大な恋愛は女性を虜にします。

お見合いといういわば不自由な恋愛しか知らなかった女性達が、

 

海外映画を夢見て自由恋愛に走り始めるのも戦後からです。

もちろん男女平等という観点から見ると同意していないお見合いよりも、

自由恋愛のほうがいいのかもしれません。

 

しかし過去の恋愛的道徳では「親が決めていない相手と結婚はしたくない」という意見が主流だったそうです。

ということは全ての国民がお見合いによる結婚を嫌っていたわけではなかったかもしれません。

実際1960年代後半に自由恋愛による結婚がお見合い結婚を上回っていますが、

 

現代人の未婚率、そして深刻化する少々化問題はみなさんの知る通りです。

 

三つ目のSはスポーツです。

スポーツにも二つ目の目的があると言われています。

一つ目が体力の消耗。

 

政治に対するデモなど社会悪と戦うには体力が必要です。

スポーツは体力を消耗するのでデモを起こす体力を奪うことができます。

スポーツは何も自分でやる必要はないのかもしれません。

 

野球場に行き大きな声で力いっぱい応援するには体力が必要です。

また、テレビで試合を観戦している時は余計な情報は頭に入ってきません。

 

二つ目はストレスの発散です。

スポーツによるストレス発散は先ほどご紹介した映画と同じ効果を得ることができます。

スポーツをして汗をかけば気分は爽快です。

政治など社会に対する不満などどうでも良くなってしまいます。

 

いかがでしょうか?3S政策の内容を聞いて「そんなバカな話があるわけないだろそんなの陰謀論だ」

と思うかどうかはあなた次第です。

世の中には知らない方がいいことがたくさんありますので知らないほうが幸せと思えるならそれも人生です。

 

ちなみに3S政策は何も日本だけに行われているわけではありません。

1980年の光州事件(クァンジュじけん)以降には韓国でも国民の意識を反政府的な動きや社会問題に目を向けさせないために、

3S政策が行われたといわれています。

 

ちなみに当たり前ですが3S政策は現在は行われていません。

行われていないというか3S政策と呼ばなくてもいいくらいに3S政策が完了しているからです。

つまり洗脳は完了しているわけです。

 

最後に少し関係ない話をします。

 

僕ら人間は多種多様な考え方生き方があっていいはずです。

肌の色や見た目、言語の違いはあれどホモサピエンスという括りで見ればみな同じです。

それなのに僕らは例えば宇宙人の驚異と戦うならまだしも同じ人間同士で争っています。

 

本来であれば自由な思想があり人間は自由なのにそうはなりません。

そうなると困るある一定層の人達がいるからです。

日本において言ってみれば価値観を外国寄りに考えすぎています。

 

ジム、エステ、ファッション、メイクの広告はほぼ100%西洋人です。

日本人が元の顔がわからないくらいメイクで目を大きくしたり、

整形をするのは「西洋人が最も美しいという価値観」からでしょう。

 

それは逆を言うとアジア人は劣っていると自分で自分達を蔑んでいるのと同じではないでしょうか?

僕は西洋人的な考え方がダメと言っているわけではありません。

先ほど言ったとおり多種多様な人種、考え方があってそれでいいわけです。

 

何もアジア人が西洋人のような見た目にならなくてもいいわけです。

西海岸という謎の言葉に憧れる必要もなければ、シリコンバレーを目指す必要もないでしょう。

メイクや髪型も外国人風という謎の言葉がありますが僕らだって外国人です。

 

外国人風が言っている外国とは西洋人的なという意味でしょう。

自国の文化を見つめ直して他者承認的な考えから脱却するのが幸せに近づける一番の方法ではないでしょうか?

 

 

 

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