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疑問に思うこと

【Twitterをやめた】SNSを仕事にしている僕がTwitterを辞める決意をした理由

Twitterをやめた。

普通の人からしたら大したことじゃないことかもしれない。

 

最近の若者なら友達と仲良くなくなったからとか、

ストレス発散で芸能人にクソリプをしたら思いのほか炎上してビビッてアカウントを削除したとか、

Twitterをやめるというのは実はよくあることなのかもしれない。

 

でも僕個人としてはTwitterをやめるというのはそれなりに覚悟がいることだった。

今回は僕がなぜYouTubeというSNSを仕事にしていながらもTwitterをやめたのか。

Twitterをやめたことで人生がどう変わったのかということについて解説していく。

 

こんにちは!きょうたです。YouTubeもやってます。

 


 

目次

Twitterを運用しはじめた理由

そもそも僕がなぜ?いつからTwitterを運用しはじめたのか軽くご紹介したい。

遡ること4年以上前、世の中は今ほどYouTuberがブームではなく、

「好きなことでパソコン一つで生きていく」という胡散臭い仕事の一番はブロガーだった。

 

当時の僕は会社員をしていたことやホームレスで二段ベッドシェアハウスに住んでいたこともあり、

顔出しでYouTuberになろうという気持ちは一ミリもなかった。

ということで顔を出さなくても稼げそうな副業として僕もブロガーを始めたのだった。

 

ブログというのはチャンネル登録という概念がないため、

何かでアピールしないとまず素人のブログは読んでもらえない。

そこで自分のブログを拡散するために選んだのがTwitterだった。

 

Twitterの最高フォロワーはどれだけ頑張っても600人だった

はじめは「ミニマリストきょうた」という名前で活動をしていて、

YouTubeをはじめた辺りからミニマリストが増えすぎて名前をただの「きょうた」に変えた。

ミニマリスト時代からコツコツと頑張ってはいたがフォロワーは最高で600人だ。

Twitterのフォロワーが〇万人いる人の講習に行ったり、コンサルを頼んでもらったこともあった。

だが結果としてTwitterのフォロワーはSNSで活動する上での最低基準1000人にいくことはなかった。

個人的には「才能がない」これに尽きる気がする。

 

というのもTwitterというのはYouTubeとはまた違う世界だ。

例えて言えば川柳が上手い人の集まりと言ってもいいかもしれない。

芸能人や有名YouTuberなら「その人を知りたい」から、

Twitterも応援の意味を込めてフォローする人もいる。

 

しかしTwitter界には何の肩書きもなくアイコンもイラストだけど、

フォロワー数が何十万人といるバケモノがゴロゴロいる。

140文字という短い文章で相手を笑わせられる文書力というのは才能が必要だと僕は思う。

 

小学生の頃芸人の息子でもないのにクラスのみんなを笑わせられる人気者がたと思う。

彼らは家で努力をしているかというと恐らくしていない。

ということは人がどうすれば笑うのかを考えられるのはある意味では「才能」だ。

残念ながら僕にはそれがなかったと思うしかない。

 

Twitterに費やす時間は果たして有意義な時間の使い方だろうか?

そもそも論にはなるがSNSに時間を費やすというのは有意義な時間の使い方だろうか?

実はこのことを声高々に言う人は少ない。なぜだろうか?

それには理由がある。

 

例えばテレビ、スポーツ観戦、ラジオ、YouTube、映画、ライブにしてもそうだが、

「それをする時間があったらもっといい時間の使い方があるよ」

なんて言ってしまえば業界そのものが崩壊するからだ。

 

例えば「起業サロン」という怪しいオンラインサロンがあったとする。

サロンメンバーになる人の最終目的は起業して成功することだと思う。

起業というのはシンプルで、売れる商品やアイデアと登記する書類があれば誰でもできる。

お金がないなら個人事業主で登録すれば文字通り0円で起業ができる。

 

なのに起業サロンにいる人達は「起業という志をもった仲間とワイワイする」人はいても、

すぐに行動して起業して成功するという人は中々いない。

本来であればサロン主催者が「こんなところでワイワイしてる暇があるなら早く起業したら」

この言葉を言えば終わる話である。

しかしそんなことを言ってしまったらオンラインサロンの収益が落ちるので本心は言わないのだ。

 

例えばあなたがフォロワーが3万人いるTwitterのインフルエンサーで、

起業案件がどんどん舞い込んでくる人なら絶対にやめるべきではない。

しかしそうではない場合、一般の会社員の人達でTwitterに時間を費やすことに意味はあるだろうか?

 

僕のように何年も運用して、

600人のフォロワーしか影響力がない人がTwitterをやる意味はあるだろうか?

恐らくやる意味は限りなくゼロに等しいだろう。

 

最近の若者は一日平均してスマホを3~4時間触っているというデータがある。

一日4時間もしも英語や資格の勉強に充てることができたらどれだけ人生が有意義になるだろうか?

恐らくこれに関しては異論はないと思う。

 

Twitterをやめてわかったこと①人生にTwitterは必要なかった

Twitterをやめてみて気づいたことはTwitterをやめても人生に影響は何もなかったということ。

考えて見たら当たり前なのだ。

僕は18歳の時までガラケーだった世代でTwitterというのは社会人になってから始めた。

 

学生時代はTwitterなんてなくても生きていたのだから、

学生時代よりも自由やお金がある大人になってからTwitterが必要なはずがない。

そんな簡単なことになぜ気付かなかったんだろうかと今では思う。

 

Twitterをやめてわかったこと②Twitterがないとイライラすることがない

僕はテレビを何年も持ってない。

理由はテレビというのは偏った思想を植え付ける都合のいい洗脳ツールだからだ。

Twitterもそれと同じで見たくなくてもトレンドと呼ばれるキーワードには、

見たこともない人達がネット上で誹謗中傷のバトルを繰り広げている。

 

この記事を読んでいる人達はどうか知らないが、僕は他人に影響されやすい。

他人がバトルしていたり、いがみあっているとなぜか僕まで熱を帯びてイライラしてくる。

しかしTwitterをやめたらアカウントがそもそもないので彼らのバトルを見ることがない。

 

政治に対するバトル、職業に対するバトル、年収に対するバトル、フォロワー数のバトル。

どれもこれも僕に必要あるような気がしていたが結果的に言うと関係なかった。

そんなところでバトルしようがしまいが人生には一ミリも関係ないのだ。

 

もっと自分の人生の時間を楽しむべきではないか?

僕は最近平和とは何かとか壮大なことを考えることがある。

平和とは他人のことを一切気にせず競争せず自由に生きることではないかと思う。

しかし世の中それでは困るのだ。

何が困るかと言うと「比較、競争」させてお金を儲けている人達が困るのだ。

 

痩せている人とデブを比較する。毛が薄い人と濃い人を比較する。

オシャレな人とダサい人、金持ちと貧乏人などこの世は比較にあふれている。

比較をすることにより自分に劣等感が生まれ他人のモノが羨ましくなる。

そして最終的に行きつくところが戦争である。

 

もっと自分達一人一人が自分の好きなようにすればそれで平和は完了な気がする。

でもよく考えるとライオンやゴリラだってメスを取り合ってボロボロになるまで戦う。

そう考えると僕ら人間が平和を手にするのはまだまだ先な気がしなくもない。

 

最後に

今回は長年Twitterの運用をしていた僕がTwitterをやめたことを記事にした。

実際にスマホを触る時間が長い人ほど鬱になる確率が上がるというデータもあるし、

スマホを触る時間が長いほど怒りやすくなるというデータもある。

 

実際によくキレることで有名な堀江貴文さんは常にスマホを触り、

スマホだけで仕事をしているという。

堀江貴文さんくらい有名になればそれでもいいのかもしれないが、

僕ら一般人はもう少し穏便に生きた方がいいと思う。

 

だったらスマホから距離を置くのもまた幸せに近づく一歩かもしれない。

 


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ミニマリスト系のYouTuberをやっています。
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